2023年1月18日、タイの副報道官は、タイ南部のパンガー県で約1480万トンのリチウムが含まれる2つのリチウム鉱床が発見されたことを発表し、これが世界で3番目に大きな規模の鉱床であることを明らかにしました。しかし、翌日になると、工業省はこの1480万トンの鉱床にはリチウムイオンバッテリーの製造に使えるリチウムだけでなく、他の鉱物も含まれていることを公表しました。それにもかかわらず、この発表により、タイがASEAN地域におけるバッテリー生産の主要拠点となる可能性が高まり、バッテリー、電気自動車、電力エネルギー関連の市場において、外国投資家をタイに引き寄せる機会が増加しています。
現在、タイのバッテリー産業にはどのような主要プレーヤーが存在し、産業全体の傾向はどのようになっているのでしょうか。今回は、タイのバッテリー産業の現在の状況と将来の展望について詳しくお話ししたいと思います。
世界のバッテリー産業の現状
世界のバッテリー産業は、引き続き好調を維持しています。特に2022年の電気自動車(EV)バッテリー市場は564億ドルに達し、年率19.9%の著しい成長が見込まれています。この成長は、世界的に拡大しているEV市場の影響を大きく受けており、バッテリーはEVのコストの50%以上を占める非常に重要な要素であるためです。
世界の多くの国では、バッテリー産業の成長を促進するために、以下の3つの主要な政策を共通して採用し、支援を行っています。
- 新たな需要を創出するための政策(New demand-driven)
- 法律や規制を通じた産業への投資の促進政策(Regulation-driven)
- 政策予算による技術研究と開発の促進政策(Technical-driven)
これらの政策により、バッテリー産業は今後も持続的な成長が見込まれており、世界経済におけるその重要性が増しています。
現在のタイのバッテリー需要
タイのバッテリー需要に関する展望ですが、SCB EIC(SCB Economic Intelligence Center)の報告によると、タイのバッテリー需要は2030年までに少なくとも36GWhに達すると予測されています。これは電気自動車の普及促進と再生可能エネルギーによる電力生産拡大によるもので、「30@30」政策*1と国家電力開発計画に基づくバッテリーエネルギーストレージシステム(BESS)*2の導入計画が背景にあります。
*1:「30@30」政策は、国家電気自動車政策委員会によって設定され、2030年までにタイで生産される自動車の30%を電気自動車(EV)が占める目標です。
*2:BESS(Battery Energy Storage System)は、電力の蓄積と放出を管理するためのバッテリーシステムを指します。これは一般的に再生可能エネルギーの統合、電力供給の安定化、ピークシフト、非常時の電力供給など、さまざまな用途に使用されます。
国家電気自動車委員会は、電気自動車および電動バイクの使用を支援する施策の成功を評価しており、タイ国内の電気自動車市場は継続的に急速な成長を遂げています。2022年には新しい電気自動車の登録が260%増加しました。これにより、タイはグローバルなバッテリー事業者の注目を集め、大規模なバッテリー工場の投資先としての地位を確立しています。政府の明確な電気自動車生産促進政策が、これらの動きを後押ししているのです。
日系のHEVバッテリー事業者
日本のバッテリー業界の大手であるトヨタは、タイのチャチューンサオ県にあるゲートウェイ工業団地でASEAN地域初のバッテリー工場を施設しました。この工場では、C-HR ハイブリッドやカムリハイブリッドなど、トヨタのハイブリッド車両用のバッテリーを製造し、タイ国内の販売だけではなく、国外への輸出も行っています。これは、トヨタ環境挑戦計画2050(Toyota Environment Challenge 2050)に基づいた取り組みで、炭素排出量を削減し、環境に優しい車両の数を増やすことを主要なミッションとしています。
さらに、トヨタは「Hybrid Battery Life Cycle Management(3Rスキーム)」という明確なハイブリッド車用バッテリーの処理計画を立てています。この3Rは、Rebuild(再構築)、Reuse(再利用)、Recycle(リサイクル)から成り立っており、将来の車両用に新世代のバッテリー生産をサポートする体制も整えています。また、生産に伴う廃棄物の管理計画も策定しています。これらの取り組みにより、タイ国内でのハイブリッド車用バッテリーのコストを下げ、消費者にメリットを提供しています。
日本以外のタイ進出を予定しているEVバッテリー事業者
タイに投資を計画している外国のEVバッテリー事業者については、タイ政府が世界のEVバッテリーメーカーと交渉中で、現在少なくとも下記の3社が投資への関心を示しています。
1 Contemporary Amperex Technology Co. Limited(CATL)
Contemporary Amperex Technology Co. Limited(CATL)は、市場シェア34%を誇る世界最大の中国EVバッテリーメーカーであり、BMW、ホンダ、トヨタ、フォルクスワーゲン、プジョー、ボルボなどのグローバルカーブランドや、上海のテスラ工場を主要顧客としています。
2 BYD
BYDは、優れた熱放散能力と高いエネルギー蓄積能力を持つ革新的なブレードバッテリーを製造している電気自動車メーカーであり、市場シェアは12%と世界第3位です。BYD自身のブランドの車両に加えて、フォードや中国のテスラへの供給も行っています。同社は中国全土に11の製造施設を持ち、年間35GWhの生産能力を有しています。また、ウォーレン・バフェットなど投資家たちもBYDに出資しています。
3 SVOLT
SVOLT(エスボルト)は、グレートウォールモーターズの子会社であり、中国の張家港に本社を構え、ドイツのフランクフルトに地域オフィスを持つEVバッテリーメーカーです。SVOLTは昨年、世界で10位のバッテリーメーカーにランクインし、市場シェア1.3%、生産能力2.6GWhを有しています。主な顧客には、GWM、Geely、Leapmotor、Dongfeng、Voyah、Seres、Hozon Auto、Xpengなどの中国の自動車ブランドが挙げられます。
タイのバッテリー市場の課題
タイのバッテリー市場には多くのビジネスチャンスがありますが、技術競争、原材料の調達、生産コスト、そして環境問題など、注目すべき課題も存在します。タイのバッテリー産業およびその利用においてフォローすべき主な課題は以下の3点だと考えられます。
- 新しい技術の導入による競争の激化
例えば、全固体電池の使用や、バッテリーパッキングプロセスの変更などがあります。 - 原材料の高コストに依存している生産コスト
価格は下落傾向にあるものの、国際的な紛争や貿易障壁などの外部要因による価格変動の可能性も考慮すべきです。 - 使用済みバッテリーのリサイクル問題
将来のバッテリー生産にプレッシャーをかける重要な環境問題となります。
最後に
現在のタイのバッテリー産業の状況は、代替エネルギーを利用した自動車が世界的に重要なトレンドとなっていることを反映しています。タイは、成長が著しい電気自動車の消費者市場だけでなく、長い歴史を持つ自動車製造国としても位置づけられています。そのため、EVなど自動車に関連する技術の発展は、タイのガソリン車生産基盤に大きな影響を与えています。
その一方で、タイ投資委員会(BOI)は、国家機関として電気自動車の生産と使用を促進する役割を果たしており、2017年から電気自動車の生産に関する投資促進を開始しています。現在、BOIは全ての種類の電気自動車の生産を促進するとともに、電気自動車用のプラットフォームの生産、電気自動車の部品と装備の生産、そしてバッテリー製造までの広範な支援を提供しています。さらに、充電ステーションやバッテリー交換ステーションのビジネスも支援しており、タイの電気自動車産業のエコシステムとして発展させています。
電動バイク用バッテリー製造事業向けのBOIのEV奨励パッケージ
条件 | 1. 総合計画(Package)を提出すること 2. 奨励証書発給日から3 年以内に電動バイクおよびバッテリーを製造すること(正当な理由が無い限り、機械の輸入期限の延長は認められない) タイ国内販売の場合、製品は UN R136、UN R75、UN R78 等の指定された規格を取得すること |
恩典 | 法人所得税を3年間免除 + 2022年内に製造を開始する場合は免除期間を1年間追加 + 奨励証書発給日から 3年以内にモジュール工程からバッテリー製造を開始する場合は、免除期間を 1年間追加 + 奨励証書発給日から 3年以内にその他の主要部品(BMS、トラクションモーター、DCU)を 追加製造する場合は、免除期間を1部品につき1年間追加 + 研究開発を行う場合は免除期間を1-3年間追加 工業団地または奨励された工業地区に立地した場合の追加恩典はない |
電気三輪車用バッテリー製造事業向けのBOIのEV奨励パッケージ
条件 | 1. 総合計画(Package)を提出すること 2. 奨励証書発給日から3 年以内に電気三輪車およびバッテリーを製造すること(正当な理由が無い 限り、機械の輸入期限の延長は認められない) タイ国内販売の場合、製品は UN R136 等指定された規格を取得すること |
恩典 | 法人所得税を3年間免除 + 奨励証書発給日から 3年以内にモジュール工程から電池製造を開始する場合は、免除期間を 1年間追加 + 奨励証書発給日から 3年以内にその他の主要部品(BMS、トラクションモーター、DCU)を 追加製造する場合は、免除期間を1部品につき1年間追加 + 研究開発を行う場合は免除期間を1-3年間追加 工業団地または奨励された工業地区に立地した場合の追加恩典はない |
電気バス・電気トラック用バッテリー製造事業向けのBOIのEV奨励パッケージ
条件 | 1. 総合計画(Package)を提出すること 2. 奨励証書発給日から3 年以内に電気バスまたは電気トラックおよびバッテリーを製造すること (正当な理由が無い限り、機械の輸入期限の延長は認められない) タイ国内販売の場合、製品は UN R100 等指定された規格を取得すること |
恩典 | 法人所得税を3年間免除 + 奨励証書発給日から 3年以内にモジュール工程からバッテリー製造を開始する場合は、免除 期間を 1年間追加 + 奨励証書発給日から 3年以内にその他の主要部品(BMS、トラクションモーター、DCU)を 追加製造する場合は、免除期間を1部品につき1年間追加 + 研究開発を行う場合は免除期間を1-3年間追加 工業団地または奨励された工業地区に立地した場合の追加恩典はない |
今回の記事で紹介した通り、タイはASEANで唯一、電気自動車産業に対する包括的な投資促進を行っている国であり、アジアの電気自動車生産のハブ(EV HUB)としての地位を確率する大きな可能性を秘めています。日本のバッテリー事業に関わる事業者にとっては、現在のEVおよびハイブリッド車のビジネス成長の状況を鑑み、タイ市場を研究する絶好のタイミングであると言えるでしょう。
参考1:https://www.scbeic.com/th/detail/file/product/9337/gra50tkf2n/In-focus-Battery-20231207.pdf
参考2:https://www.bangkokbiznews.com/business/economic/1070448
参考3:https://www.ev-roads.com/content/32757/5-ผู้ผลิตแบตเตอรี่อีวียักษ์ใหญ่ของโลก-อยู่ในไทย-2
参考4:https://techsauce.co/news/toyota-latest-hev-battery-plant-is-in-thailand-2019
参考5:https://thestandard.co/thailand-number-3-in-the-world-lithium/