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タイの選挙と日系企業への影響


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タイの選挙と日系企業への影響

 去る2023年5月14日、タイでは4年ぶりの下院選挙が行われました。日本でもテレビの報道やネットニュースにもなっていたのでご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、今回はその結果と今後の首相指名の行方についてレポートいたします。タイの選挙と日系企業への影響

タイの選挙の仕組み

 まずタイの選挙の仕組みですが、タイの議会は上院と下院に分かれており、今回は下院の500議席を争う選挙でした。議員の任期は4年、投票権は18歳以上です。500議席のうち400議席は小選挙区、100議席は比例代表で決定します。小選挙区は各選挙区で最も得票数が多い候補者が当選します。比例代表は日本のようにブロック分けはなく、全国で1ブロックです。政党があらかじめ提出した名簿の上位から各党の得票数に応じて当選者が選ばれます。

 首相を指名するためには下院の500議席と上院250議席をあわせた750人の議員のうち、過半数の376人以上の支持が必要です。

 なお、現在の上院250名は、いずれも軍が任命した保守層です。この点が今後の政権の行方に影響してきます。詳しくは後述します。

選挙結果と現状

 今回の選挙では史上最高の投票率75.22%を記録したということからも、タイ国民の皆さんの選挙に対する関心の高さを伺うことができます。

 選挙2週間前くらいまでの調査では、タクシン首相の次女も首相候補名簿に名前を連ねるタイ貢献党のリードが報じられていましたが、選挙直前の調査ではピタ党首率いる前進党がリードするようになり、そのまま選挙結果に表れました。各党の議席数は以下の通りです。

出典:The Standard

 前進党は151議席を獲得、タイ貢献党は141議席と野党の圧勝でした。大手企業の支持を集めるタイ誇り党が71議席、現政権プラウィット副首相の国民国家の力党は40議席、現政権プラユット首相が所属するタイ団結国家建設党は36議席、民主党が25議席でした。

 前進党は151議席を獲得、タイ貢献党は141議席と野党の圧勝でした。大手企業の支持を集めるタイ誇り党が71議席、現政権プラウィット副首相の国民国家の力党は40議席、現政権プラユット首相が所属するタイ団結国家建設党は36議席、民主党が25議席でした。

 この結果についてSNSなどを駆使した前進党のマーケティングの巧みさの影響もありますが、タイを代表する政治学者ソムチャイ・パカパーッウィワット氏によると下記のような勝因が考えられます。

  • 選挙のやり方の変化の影響
     前回の選挙では小選挙区と比例代表が同じ投票用紙でしたが、今回は別々の投票用紙になり、選挙区では地元の人を選ぶが、比例代表では前進党を選ぶことが可能になりました。上記地図にもある通り、地方でオレンジ色が目立つのは、その傾向が顕著に出ているようです。例えば議席数3位のタイ誇り党は小選挙区では67議席ですが、比例代表からは3議席のみでした。
  • 変化を求めている。変えてくれる人を求めている。
     消去法で変えてくれる人がこの人(前進党ピタ党首)しかいない、という側面と前回のクーデター経験のない若者が選挙権を持ったため、その人たちが理想を追い求めた結果という見方もできます。
  • 経済的な問題
     経済成長がしばらく止まっているため、変化が必要と国民が考えている。
  • 具体的な公約
     過去の選挙は公約が具体的ではなく、今回は具体的な公約がありました。これは今後の変革がいけるかもしれないという期待が後押しになった可能性があります。過去の長老たちとは違う、と受け止められたのではないでしょうか。
  • ブランディング
     ほぼ独裁だったタイの政治と民主主義というキーワードを使って戦う前進党のマーケティング、ブランディングが強かった。
ピタ党首を囲む支援者たち 出典:The Standard

今後の首相指名迄のプロセスと想定されるシナリオ

 さて、下院の151議席占め、さらに野党間でのMOU(覚書)を結び、連立野党として308議席を獲得した前進党ですが、タイの選挙の仕組みでお伝えした通り、この議席数では首相を選ぶことができません。カギになるのは上院250議席の動きです。上院は軍による任命という背景もあり、かなり保守的な議員が多いため、前進党を支持する議員が必要数出るかというのが、首相指名に向けて立ちはだかる壁になります。

 今後の首相決定までのプロセスは下記の通りです。

  • 7月13日 選挙結果の95%以上が正しいことを選挙委員会が認める
  • 議長を決める
  • 8月3日 首相選ぶ(最短)、その後大臣など指名

 4年前の選挙では選挙から首相指名まで3か月を要しており、今回も同じくらいの時間がかかるものとみられております。

 現状のタイ国内のニュースでは上院議員の中にも、国民の声に耳を傾け選挙結果を尊重すべきという声もあるようですが、まだ大きなうねりにはなっていません。また今の上院議員250人が首相指名に絡むのは、来年5月までの任期(5年)期間中だけです。来年5月11日になれば今の上院がリセットされ、次の200人には首相選びに対する権限はなくなるので、来年5月11日まで待つというのも一つの方法ですが、政治的空白期間が1年続くことはタイの経済成長にとっても良いこととは言えません。

 今後ですが、政治学者ソムチャイ・パカパーッウィワット氏によると以下の3つのシナリオが想定されています。

●シナリオ1 前進党ピタ党首が首相になる。

 選挙結果からは一番望まれているシナリオですが、

  • 上院はコンサバティブ、味方がいない
  • メディア会社の株問題(ピタ党首がメディア会社の株主であることについて、選挙違反ではないかという指摘があり、議員資格や選挙結果が無効になる可能性)

 という問題があります。株の問題については6月10日現在ではそもそもその会社が既にメディア会社ではないという判断がなされ、選挙結果が無効になる可能性はなくなりそうです。しかし上院の協力を取り付けられるかという高い壁はまだ存続しています。

●シナリオ2 ピタ首相誕生の可能性がなくなり、タイ貢献党が主導権を握る。

 現時点ではタイ貢献党は前進党とMOUを結び、協力体制をしいていますが、もしシナリオ1がうまくいかない場合、次は自分たちの番が来るのではないかと待ち構えている可能性があります。タイでは選挙から60日以内に選挙結果を正式に発表しなければならないと憲法で定められています。現在獲得されている議席数はあくまでも速報であり、今後選挙違反などの申立て・調査を経て、想定では7月3日までに選挙結果が確定する運びになります。

 もしも何らかの選挙違反などがあり、前進党が政権を取れない場合、タイ貢献党はタイ誇り党とタッグを組む可能性が高いようです。しかしこの二つの政党を併せても、首相指名には上院の力が必要です。現首相・副首相の党を巻き込めば上院が動くと思われますが、タイ貢献党は公約でこの二人とは付き合わないことを明言しているため公約違反となり、苦しい選択を迫られることになります。

●シナリオ3 上院と下院が合意して外から首相を持ってくる

 シナリオ1,2がうまくいかない場合はウルトラCでまったくの外部から首相を選ぶ可能性は残っています。

今後の日系企業への影響

 今後の日系企業への影響を考えるに際して、野党連合がMOUでどのような公約を掲げているかを確認しましょう。24もの公約を掲げていますが、内容は「新憲法 草案の作成」「同性婚法の成立」「官僚・軍・司法制度の改革」「徴兵制の改革」「所得の増加や格差の解消などによる経済の回復」「全産業での独占廃止 アルコール飲料含む」「公的医療の充実」「教育制度の改革」「ゼロベースの予算再考」など国の制度や仕組みに言及したものが多い印象です。しかしこれらはあくまでも野党間の合意形成のための最大公約数をまとめたもので、前進党が実現したいことのど真ん中ではないようです。

 では前進党が実現したいことは何でしょう?前進党が掲げる「3D」というスローガンが象徴しています。

  • Demilitarize(非軍事化)
  • Demonopolize(非独占化)
  • Decentralize(非中央化)

 しかし、これを実現するためにはお金がかかります。例えば、「徴兵制をやめる」「アルコール独占をやめる」「地方への予算分配」のどれをとっても財源が必要です。また最低賃金を上げるという公約もありますが、このことが景気にどう影響するかという分析も必要です。そのため、前進党が政権を取っても、やってみたができなかった、という可能性があります。日系企業にとって当面の問題は最低賃金の上昇(現在337バーツ→公約では450バーツで、約33.5%の上昇)ですが、すぐには進まないと考えられます。

 また政権交代にあたりデモも気になるところですが、おそらくどのシナリオに進んでもデモは起こり得ます。例えばシナリオ1で前進党が政権を取った場合、彼らが実現したいことの一つに不敬罪(国王に対して不敬があった場合、タイ人・外国人問わず罪になる)の改正・廃止があります。しかし王族に対する支持派はもちろん存在するのでデモにつながると考えられます。逆に前進党が失脚した場合も変革を望む国民からのデモは発生する可能性は高いです。しかし、以前のクーデターのころのような激しいものではなく、小規模のものが散発すると予測されています。

 経済政策の側面ではおそらく大きな変化はないものと考えられています。タイランド4.0で掲げられた12の産業クラスターが重要で成長産業であることは今後も継続される予定です。またEEC政策(タイの東部地域の開発)についてもEECという言葉そのものを使うかは別として、やめるという声はありません。特にタイ国内の3つの空港を結ぶ高速鉄道の計画についても現状維持のようです。

 BCG経済(バイオ・サーキュラー・グリーン経済)という最新の政策では特に脱炭素については、前進党は将来的な目標に対して、むしろ加速して達成したいと考えています。代替エネルギー分野などのニーズは増加する可能性があります。

 これまで見たところでは日系企業への政権交代の影響は少ないと言えるのではないでしょうか?いずれにせよ選挙結果の正式発表があるまで、タイの政局からは目が離せません。



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