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タイのメディカルハブを目指す製薬業界の未来展望


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タイのメディカルハブを目指す製薬業界の未来展望

 こんにちは。アジア・アライアンス・パートナーのグラフです。

 タイの製薬業界は、これまで主にジェネリック医薬品の製造に重点を置いており、それ以外の医薬品のほとんどは輸入に頼っているのが現状です。しかし、近年の技術の進歩と、世界のメディカルハブを目指し医療関連産業の発展を支援するタイ政府の取り組みにより、今後国を上げて高付加価値医薬品の研究開発が進む可能性が高まっています。

 医療産業は、タイ政府が長期的に目指す経済社会のビジョンである「Thailand4.0」において、重点的に推進している新たな成長産業(New S-Curve)の1つです。タイの医療サービスの潜在力を見ると、製薬業界の発展を後押しすることは、タイの医療産業のバリューチェーンを補完する上で大変重要であることが分かります。

 本記事では、タイの製薬業界の現状、動向、課題、および将来の展望について解説いたします。
 

タイの製薬業界の現状と動向

 現在のタイの製薬業界の発展は限定的です。前述の通り、ジェネリック医薬品の製造が主であり、国内生産量の90%以上が国内使用向けです。しかし、高齢化社会の到来やタイ人の健康意識の高まりに伴う医療サービス需要の継続的な増加のため、タイの製薬市場は大きな成長の余地があります。国内の製薬市場規模は、2019年から2022年までの年間5%の成長率から、今後3年間は年間6~7%に加速し、2027年には市場規模が約32万億バーツに達すると予想されています。 

 また、慢性の非感染症を患うタイ人の割合が増加傾向にあることから、継続的な治療のための医薬品、特に先発医薬品と同等の効能を持ち、輸入医薬品よりもはるかに安価なジェネリック医薬品の需要が見込まれます。これにより、より多くのタイ人が医療サービスを受けられるようになります。タイ政府は、国内市場の成長に対応するため、製薬業界の発展を加速させるとともに、輸出向け生産の拡大も推進しています。特にASEAN市場が有望視されています。
 

今後注目すべきタイのファーマテックのトレンド

 タイの製薬業界が新薬の研究開発へと展開していくためには、ジェネリック医薬品の製造だけでなく、先進技術を活用した高付加価値医薬品の生産が不可欠です。以下は、タイで注目すべきファーマテック(製薬技術)のトレンドです。
 

  1. Generative AI
     医薬品の処方開発を加速させることが可能となります。AIを活用することで、臨床試験での副作用をより正確に予測することができ、医薬品の有効性と安全性を高めることができます。
     
  2. データドリブン※1の医薬品とパーソナライズド医療
     個人の遺伝子情報、治療データ、その他の健康データを組み合わせて医薬品を開発することで、遺伝的欠陥によって引き起こされる疾患の治療に役立てることができます。
     
     ※1データドリブン(Data Driven)とは:売上データやマーケティングデータ、WEB解析データなど、データに基づいて判断・アクションする事です。この場合は個人の遺伝子情報、治療データなどを指します。
     
  3. バイオテクノロジー
     バイオ医薬品、特にモノクローナル抗体※2の開発に重要な役割を果たします。モノクローナル抗体は、がんの分子標的薬※3など、様々な疾患の治療に使用するためにバイオ物質として開発されたタンパク質です。これにより、がん細胞を効果的に除去し、副作用を軽減することができます。
     
  • ※2モノクローナル抗体とは:体内に侵入した細菌やウイルスなどの異物(抗原)から体を守るために「抗体」がつくられます。抗原にあるたくさんの目印(抗原決定基)の中から1種類(モノ)の目印とだけ結合する抗体を、人工的にクローン(クローナル)増殖させたものをモノクローナル抗体といいます。分子標的薬など、がん細胞の特定の抗原に結合する薬などに利用されています。
     
  • ※3分子標的薬とは:がん細胞に特異的に発現する特徴を分子や遺伝子レベルで捉えてターゲットとし、がん細胞の異常な分裂や増殖を抑えることを目的とした治療薬です。  がん細胞の特定の分子だけを狙い撃ちにするので、正常な細胞へのダメージが少なく、従来の抗がん剤と比べると体への負担も少ないです。
     

タイ政府の製薬業界支援策

 タイ政府は、製薬業界に関連する投資を後押しするため、様々な政策を打ち出しています。
  

1.  BOIの投資奨励措置
 医薬品有効成分(API)の製造業者には8年間、現代医薬品の製造業者には5年間の法人所得税の免除の恩典を付与することで、医療関連ビジネスや医薬品への投資を促進します。
 

    BOIによる医薬品製造業とバイオテクノロジー事業への投資インセンティブ表

    事業グループ:

    • A1:設計、R&Dに注力し、タイの競争力を高める知識集約型産業。
    • A2:国の発展のためのインフラ開発事業および高度技術を使用して付加価値を創出するが、投資が少ないまたは投資がまだない事業。
    • A3:高度技術を使用し、投資が既にある事業。
       

    2. 東部経済回廊(EEC)※4による税制優遇

     製薬業は新たな成長産業(New S-curve)の1つに位置づけられているため国内で低コストで医薬品の研究開発ができるようになると期待されています。特に高度技術を用いた医薬品の製造について、政府は研究資金を援助し、税制優遇措置を講じる予定です。
     

    • ※4EEC(東部経済回廊)とは:タイ東部の3県(チャチューンサオ、チョンブリ、ラヨーン)において、タイ政府が推進している大規模な経済開発プロジェクトです。この取り組みは、先端技術を活用した製造業などの企業誘致を通じて、産業構造の高度化を目指すものであり、インフラ整備や各種支援により、投資促進を図っています。EECは、タイ経済の新たな成長エンジンとして位置づけられており、国の競争力強化と持続的な発展に寄与することが期待されています。
       
    出展:EEC

    3. 国内医薬品製造業振興策(2023-2027年)

     医薬品の生産額を1,000億バーツ以上、輸出額を130億バーツに拡大することを目標としており、国の医薬品安全保障を確立するための施策です。
     

    4. BCG(バイオ・循環型・グリーン)※5経済

     経済モデルによる推進戦略(2021-2027年)で、生物多様性から医療・健康製品への展開を支援し、医薬品・ワクチン市場に付加価値を与え輸入を減らすことで、国民が高価な医薬品をより安価に入手、利用しやすくなります。

    • ※5タイのBCG(バイオ・循環型・グリーン)経済とは:持続可能な発展を目指す経済モデルであり、以下の3つの要素を柱としています。

      Bioeconomy(バイオエコノミー):再生可能な生物資源を活用し、バイオテクノロジーを応用することで、食品、エネルギー、製品などを生産する経済活動。
      Circular Economy(循環型経済):資源の効率的な利用と廃棄物の最小化を図る経済システムで、リデュース・リユース・リサイクルを通じて、資源の循環を促進する。
      Green Economy(グリーン経済):環境に配慮した経済活動を推進し、低炭素社会の実現や生態系の保全を目指す。
       

    課題と展望

     今後の成長を図る上で、タイの製薬業界はいくつかの課題に直面しています。

     まず、医薬品開発・製造に必要な能力の不足が挙げられます。国内で製造される医薬品はジェネリック医薬品が中心で、その原材料のほとんどを海外から輸入しています。また、高度な技術を必要とする医薬品のほとんどが輸入品のため、価格が高価であるというコスト面での課題があります。

     次に、外国人投資家の増加や他産業からの参入による競争の激化、GMP-PIC/S※6基準への適合やインフラ整備によるコスト負担の増加なども、製薬業界が直面する課題です。こういった問題については、タイ政府がタイを世界のメディカルハブにすることを推進しているため、課題解決のために国内での医薬品生産を促進する政策が打ち出されています。例えば、BOIの投資奨励プロジェクトや、将来的にタイでの医薬品研究開発を容易にするための規制改正の可能性などです。そのため、今後の環境の改善が期待されています。
     

    • GMP-PIC/Sとは:医薬品の製造と品質管理に関する国際的な基準です。GMPは高品質の医薬品を製造するための規範であり、PIC/Sは各国のGMPを調和させるための組織です。タイは2016年にPIC/Sに加盟し、これによりタイでの製薬会社はPIC/Sの基準に適合する必要があります。GMP-PIC/Sへの対応は、タイの製薬産業の国際競争力と医薬品の品質・安全性の向上に重要な役割を果たします。
       

    最後に

     タイ政府の支援策と、医療産業の発展を背景に、タイの製薬業界は今後大きな成長が期待されます。課題はあるものの、イノベーションと戦略的なアプローチにより、タイはアジアのメディカルハブとしての地位を確立し、製薬業界もさらに発展すると期待されています。

     そんなタイの製薬市場は、高度な技術を持つ外国企業にとって、大きなビジネスチャンスがあると言えます。タイの国内メーカーはほとんどがジェネリック医薬品を製造しているため、特に先進的な技術を持つ企業には参入の余地があります。タイ市場への参入と、将来のメディカルハブとして成長するタイを拠点としたASEAN市場の今後に注目が集まります。
     



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